GEORGE COXとDr.Martensを愛した人たち

"ROCK(ロック)"&"PUNK(パンク)"と"GEORGE COX""Dr.Martens"
"ROCK"の誕生 "ロック=不良の音楽" GEORGE COXクリーパーと
Dr.Martensエアクッションソール誕生
GEORGE COXとDr.Martensを
愛した人たち
テディーボーイとクリーパ―
1950年代GEORGE COXのクリーパーはイギリスで発生したユースカルチャー"テディボーイ"のアイテムとして人気を集め、当時アメリカで誕生した音楽"ロックンロール"と次第に結びついていった。バリバリに決めた50'Sスタイルに足元はスタイリッシュなクリーパー(コンビの色使いが好まれていた)を合わせたりしていた。

ミュージシャンからの熱い支持
60年代に入りGEORGE COXのクリーパーはモードシューズとしてヒットした。そのころ誕生したDr.Martensは"ザ・ビートルズ"や"ザ・ローリング・ストーンズ"等、誰もが知っているバンドにも愛され、またパブリックなシーンにDr.Martensのブーツを身に付けて登場した最初の有名人の一人として"ザ・フー"の"ピート・タウンゼント"等があげられる。腕をグルグルと回し、高くジャンプした彼の足元は紛れも無くDr.Martensである。また丈夫でハードなイメージのDr.Martensがフーリガン達に好まれる様になったのもこの頃からだと言われている。

パンクの誕生
70年代に入り、ロンドンを中心とした風変わりなファッショントレンドが巻き起こる。その風変わりなファッションは次第にイギリスのファッションの最前列へと躍り出てきた。1971年、"ヴィヴィアン・ウエストウッド"と"マルコム・マクラレン"ロンドンのキングスロードにあったパラダイス・ガレージという名の60'Sのブティックだった店を手に入れ、テディ・ボーイを相手とした"LET IT ROCK"をオープンさせた。そこでGEORGE COXのクリーパーが販売された。店は73年になって"TOO FAST TO LIVE,TOO YOUNG TO DIE"へ、74年には"SEX"へ、76年には"SEDITIONARIES(セディショナリーズ)"へと次々に店名を変えていった。もともとこの店で働いていた"グレン・マトロック"と、店にたむろしていた"スティーブ・ジョーンズ"と"ポール・クック"、そして店のジュークボックスの前でオーディションを受けた"ジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)"によって結成されたのが"セックス・ピストルズ"である。後にグレンが脱退し、誰もが知っているであろう"シド・ヴィシャス"が加入したのは有名な話である。また、そのセックス・ピストルズを見て元ロンドンSSの"ミック・ジョーンズ"と"ポール・シムノン"が101ersを解散させたばかりの"ジョー・ストラマー"と"ザ・クラッシュ"を結成した。
彼らの奇抜なファッション、反抗的なメッセージや荒削りなサウンド、これらは"PUNK"という新たなジャンルを確立した。他にも"PUNK"の誕生と共にダムド、ストラングラーズ、シャム69、バズコックス、ジェネレーションX等、多くのバンドが活躍した。そして彼らがGEORGE COXのクリーパーやDr.Martensのブーツを履いていたことにより両ブランドが"PUNK"と強く結びつき現在までパンクファッションやスタイルに必要不可欠な物となったのである。

幅広い支持を集めた
GEORGE COXとDr.Martens

80年代に入りDr.MartensはカオスU.K、エクスプロイテッド、G.B.H、ディスチャージ等に代表されるハードコア・パンクやアディクツ、ブリッツ、ザ・ビジネス等のoi,スキンズの面々にも愛用された。また、スペシャルズ、マッドネスなどのスカブームの火付け役となった彼らも身に付けており、さらにはイギリスのポップシーンの拡大により、ポールキングやカルチャークラブのボーイジョージ、スミスのモリッシー等、華美なコーディネイトの仕上げにもDr.Martensを合わせたりし、幅広い支持を集めていった。GEORGE COXのクリーパーにいたっては、"ブライアン・セッツァー"率いる"ストレイ・キャッツ"の登場により、ロカビリーリヴァイバルが起こり、当時の若者達にGEORGE COXは熱く支持された。彼らに代表されるネオロカビリーシーンだけでなく、メテオス、クルーメン、グアナバッツなどに代表されるサイコビリーシーンにもGEORGE COXはもちろんDr.Martensも愛用された。

確固たる音楽との関係
90年代に入りファッションは徐々にドレスダウンの風潮が高まっていく中でも、GEORGE COX、Dr.Martensはロックシーンを中心にあらゆるジャンルのミュージシャンから支持され続けていく。ブラー、スウェード、オアシス、プロディジー、ランシド等様々である。もはや両ブランド共に、音楽との結びつきは確固たるものとなり、多くのミュージシャン達のマストアイテムとなった。
日本でもGEORGE COXのクリーパーは80年代半ばに起こったバンドブームにより第1次ブームを経て、90年代後半にはストリートファッションの定番アイテムの一つとして認められ、ブームが巻き起こったのはまだ記憶に新しい。

変わらない反抗の精神
現在21世紀に入り、GEORGE COXのクリーパーは一時のブームが去り、Dr.Martensにいたっては世界に比べるとまだまだ日本での認知度は低いのが現状である。しかしそんな時代だからこそミュージシャンとストリートカルチャーに深く関係し"反抗の精神"を継承してきたGEORGE COXとDr.Martensをカウンターカルチャーの証として自らの意思で履いて欲しいと思う。そして、その気持ちを忘れずに履き続ける事で新しい次の時代にも受け継がれていく事を願っていきたい。